椛とドッグダンス~ドッグダンスの功罪・その5 肝に効く漢方薬~
ドッグダンスを行っていると、通常に犬を飼っている事に比べて、様々な事に気づかされます。
ドッグダンスの練習もそうですが、特に大会などの発表の機会では、想定外のストレスがかかります。
ストレスは、犬自身もそうですが、ハンドラーにも大きくのしかかってきます。
面白い事に、ハンドラーがストレスを感じると、それを敏感に察知して、犬がストレス反応を起こします。
それも、見ていると、犬自身のストレスによる反応よりも、ハンドラーのストレスを感知・共感してのストレス反応の方が強く出ている感さえあります。
人間でも、親がストレスを感じると、子供にもそのストレスが影響する事がありますが、犬の方がその度合いが極めて大きい感があります。
人間の場合は受験の時なんかが良い例ですね。
ドッグダンスを行う上に於いては、ストレスマネージメントが重要になってきますが、その辺に関する漢方薬を使った試みについて、お話したいと思います。
今まで、ストレスは肝(かん)に作用して、様々な症状を起こすことをお話しました。
前回のストレスへの一般的対処法や肝(かん)に対する食養生も有効ですが、東洋医学的な対処法としては、漢方薬の内服が最も有効な手段と考えます。
肝気亢進(かんきこうしん)を抑える漢方としては、『抑肝散(よくかんさん)』という漢方が存在します。
今回は、この抑肝散に関連する話をします。
『抑肝散(ヨクカンサン)』は、読んで字のごとく東洋医学で言う五臓六腑の五臓の一つである肝(カン)を抑える薬です。
肝(カン)は西洋医学で言うところの肝臓とはやや異なる概念のものです。
肝(カン)の働きは肝臓の機能である
①胆汁を排泄し解毒を司る
②筋肉・腱などを栄養するなど全身を動かすエネルギーを産生する
というものから、肝臓に直接的には関係のない働きである
③全身の臓腑の働きを円滑にする
④血液を貯蔵し供給を調整する働き
そして肝臓の働きには全く無関係と思われる
⑤感情をコントロールし知識・思考を生む
というものがあります。
『抑肝散』は主にこの⑤に効果があります。
漢方は自然の草木や鉱物などの成分である生薬(ショウヤク)を組み合わせて出来ています。
抑肝散は以下の7つの生薬から構成されています。
・蒼朮(ソウジュツ):
・茯苓(ブクリョウ):
・川芎(センキュウ):
・釣藤鈎(チョウトウコウ):
・当帰(トウキ):
・柴胡(サイコ):
・甘草(カンゾウ):
上記の生薬のうち川芎、釣藤鈎、当帰、柴胡、甘草の5つは総て肝(カン)に作用して鎮静、鎮痙、鎮痛作用があり、蒼朮、茯苓は甘草と一緒になって弱った脾胃(ヒイ:胃腸など消化器系全般を指す)を補う作用があります。
医学的な適応病名・効能はツムラによると以下となっています。
『虚弱な体質で神経が高ぶるものの神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症(疳の虫)』
抑肝散は、類似した薬は以前から存在したものの、原典は16世紀明代の医学書『保嬰撮要(Bao ying cuo yao)』に薛鎧(Xue Kai)、薛己(Xue Ji:薛鎧の息子)が収載したものと比較的新しい漢方薬です。
抑肝散は中国では専ら小児にのみ使用されています。
東洋医学的な考え方では、小児は五臓六腑が幼弱で機能が不完全なため、心身の状態が急に変化しやすいとされています。
また五行という考え方では、小児は肝気(カンキ)が亢進し脾(ヒ=胃腸など消化器全般)が低下しやすいという特徴を持っています。
そのため小児は脾虚(ヒキョ)による血熱や腎陰虚(ジンインキョ)による虚熱(キョネツ)を生じやすく、肝血不足となって肝気亢進(カンキコウシン)すると言われています。
これが、小児が成人に比べて情緒的に不安定であったり、すぐに高熱を出したりしやすい理由とされています。
抑肝散の効果を精神的な側面から東洋医学的に見ると以下の様になります。人間の精神には『魄(ハク)』と『魂(コン)』というものが存在します。
『魄』とは本能的即物的欲望である陰の働きであり、肺に関連します。
『魂』は理性的で崇高な感情である陽の働きであり、肝に関連します。
生まれたばかりの人は『魄』のみですが、成長と共に『魄』から『魂』が生まれて次第に『魄』をコントロールして行く様になります。
小児疳症など小児の落ち着きのない病態は『魂』の発達不足による肝気の不安定と考えられますので、抑肝散などにより肝気の改善を図ると良くなると考えられています。
上記の適応病名には存在しないものの、幼児期のチック、神経過敏状態、夜泣きなど落ち着きのない小児全般に効果的です。
学童期などで問題となる注意欠陥/多動性障害(AD/HD)に対しても抑肝散は有効であると考えます。
また、てんかん、熱性痙攣に対しても補助的に抑肝散を使う事によって発症頻度を低下させる事や、症状を軽減させる事が期待できると言われています。
ただしこれらのケースでは、主たる治療薬である西洋薬に替わる働きを抑肝散が担うわけではありませんので、内服中の西洋薬を止めてはいけません。
抑肝散には次のような興味深い側面もあります。
抑肝散特有の内服方法に『母児同時内服』というものがあります。
これは夜泣きや疳の虫がある乳児の場合、母親が抑肝散を飲んでから母乳を乳児に与え、母乳を通じて児に薬を投与するという方法です。
これにより安全に乳児に薬を飲ませる事が可能になる上、母親の育児ストレスによるイライラや不眠なども軽減する効果が期待できるなどまさに一石二鳥です。
『抑肝散』は、上記の様に子供を持つ母親にも効果がありますが、女性を中心に、成人にも有効な例が多いため、ストレスに対しては試してみる価値があります。
最近は、老年期に於いても、イライラなどに対してのみならず、不眠に有効であったり、認知症の発症予防の効果があるとして注目されています。
また、先ほどの、ストレスの共感による反応を防ぐという観点から見ると、人間の場合は、子供がストレス反応を示す場合に、子供が抑肝散を飲むのも効果的ですが、例え子供が飲まなくても、親が抑肝散を飲む事によって、ストレスコントロールが出来れば、結果的に子供のストレス反応を減らすことが出来ると考えます。
ましてや、共感能力の高い犬に於いては、犬が漢方などを飲まなくても、飼い主が抑肝散を飲む事で自身の肝気亢進(カンキコウシン)を防ぐ=ストレスコントロールをする事は、犬のストレスコントロールという観点に於いても桁違いに重要になりますので、場合によっては検討してみても良いのではないでしょうか。
(犬に漢方薬を処方してくれる獣医さんはあまりいないでしょうから。)
次回は、抑肝散のバリュエーションについてと、漢方を犬に飲ませる事は可能かについてお話したいと思います。
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