エッセイ・アーカイブ~3.11の記憶『雨粒の力』 その4~
2011年3月11日に起こった東日本大震災。
時の流れは早いもので、あれから10年が経ちます。
震災により亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、かけがえのない人を失った方や被災した方が心穏やかな日々を取り戻すせる事を願います。
震災の事を忘れないためにも、2012年に書いたエッセイ、『雨粒の力』をブログに載せています。
前回の続きです。
震災後、私自身やクリニックの状況が安定してくると被災地へ目を向ける余裕が出てきました。
募金箱での募金活動から始まり、物資の支援など簡単な事はすぐに行ってはいたのですが、ぜひともやりたい事がありました。
医療支援、つまり医師として被災地で活動するという事です。
開業医であれば、勤務先の許可を取る必要はありません。自分の意志で行動できます。
あとはクリニックの運営に支障をきたさずに活動ができるかにかかっています。
報道では、被災地のボランティアセンターや避難所で医師、看護師、医薬品の不足が連日の様に報道されていました。
医師の診療を待つ長い行列、辛そうな顔で治療を待つ人たち。医師であればこそ可能なボランティアがあると確信しました。
さて、今こそ行動の時だ!と思って関係機関にいろいろ打診したのですが、意外な壁が立ちはだかっていました。
医療派遣は大病院のボランティア医師が対象と考えられていて、原則は複数の医師、看護師から成る医療チーム派遣で、日数も一週間単位とされていました。
個人で休日のみ医療ボランティアとして働く事は、想定していなかったという理由で断られました。
宮城県などに問い合わせても、同じ理由で『今回はご遠慮いただきたい。』と言われました。
『今回は』って、じゃあいつ行けというのだろう?ゴールデンウィークを利用して医療活動をする心づもりだった私は、あきらめきれずに連休に宮城県行きを計画します。
ボランティアのあてなど全くなく、行っても単に被災地見学に終わってしまうのではないか?不謹慎と言われないか?など考えて直前まで悩みましたが、東北新幹線が開通した事と松島観光船や水族館が再開した事を聞きつけ宮城県に行くことに決めました。
松島を見て観光施設で物を買うことしか出来なかったとしても、『消費参加も復興支援』と自分に言い聞かせての旅でした。
その旅は、生涯忘れ得ぬ旅となりました。
仙台市内の壁面の崩れたビル、塩釜の駅前のなぎ倒された電柱、マンションの地下立体駐車場の中に乱雑に積み重なる自動車、路面の裂けたアスファルト、塩釜港の海浜公園に打ち上げられた遊覧船、道路を塞ぐ小型漁船とそれを避けながら走るタクシー、・・・・・。
松島観光汽船の船内からはさらに衝撃的な風景を見る事になります。
海岸沿いの家や工場は軒並み全半壊していました。
二階建ての家は、一階部分の壁がすべて壊れて失われています。
柱のみの状態の一階にほぼ無傷の二階が残されている家もあり、津波というものがどういうものなのか再認識させられました。
観光船は、ゴールデンウィークとしては閑散としていましたが、楽しめました。
松島の島々はほぼ無傷で、群れ飛ぶカモメも以前と変わりなく、まるで震災などなかったかの様でした。
しかし、外海に近づくと様々な漂流物が姿を現してきます。
壊れたカキ養殖いかだ、切れた漁網、家の残骸と思われる木端などです。
松島湾の奥にはプレジャーボートが多数岩場に座礁し放置されていました。
観光船は松島に着きました。松島の岸壁は、本来人が歩くべき場所が不自然に低い位置にあり、波に洗われています。
松島の土地が、地面が数十㎝地盤沈下した事が見て取れました。すさまじい震災の威力です。
松島の町の道路は路面が割れて隆起し、波打っていました。
松島の町は松島を構成する島々が津波の盾になって、比較的被害は軽微と言われています。
それでも海岸沿いの目抜き通りの商店街は軒並み大きな被害を受けていました。
それでも津波をかぶった商品を丁寧に洗って『波をかぶった商品ですが』と断って販売しているみやげもの店や、仮店舗で宮城県の銘酒『浦霞』を販売する酒屋など復興に不退転の決意で取り組む人たちがそこには居ました。
松島水族館もその一つです。津波で多くの海洋生物が死んでしまいましたが、残った海の仲間たちで水族館を再興したのでした。
私の地元の多摩動物園が水族館復活に力を貸したのも密かに嬉しかった事です。
松島では数多くの海鮮を食しましたが、どれも実に旨いものばかりでした。
しかし、気づいた事がありました。焼きホタテを買った時に、おばちゃんから受け取ったつり銭の硬貨が錆びています。
一生懸命泥の中から回収して洗ったんだと思ったら不意に涙があふれました。貴重なつり銭です。
『波かぶっちゃったから、ゴメンね。』おばちゃんが謝ります。
私は涙の照れもあり素直になれません。
アツアツのホタテを食べながらぶっきらぼうに言います。
『そこのカキも貰うかな。とりあえず全部だ。』おばちゃんも少し泣いています。
『兄ちゃん、良く食べるね。』兄ちゃんという年齢でもないのだが嬉しいので訂正しないでおいた。
『松島はホタテもカキも旨いから。次もまた食べに来るよ。』
(続く)
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