ヨーキー椛(もみじ)、ドッグダンスするよ!

顔も体も態度もでかいヨーキーの女の子、椛(もみじ)のドッグダンスやお出かけ、さりげない日常の出来事などの記録です。

椛とドッグダンス~ドッグダンスの功罪・その7 漢方ちょっと良い話?~

江戸時代前期、大阪の街で。
とある患者が、若い漢方医のもとを訪れて相談をします。
『先生、実はひでえイライラがあって自分でも加減できなくて。下手すると前後の見境もなくなっちまって。このままだと刃傷沙汰でも起こしかねないって女房にも言われてさ。
思い悩んで漢方でもと思って、わざわざ江戸は神田から長崎の出島くんだりまで行った訳よ。
そこで偉い中国の先生に診たて頂いて、ありがてぇ抑肝散(よっくかんさん)って漢方を頂いたんだ。
しかし、これが今一つ効かねえ。なんか、今一つしっくりこない効き目なんだ。
でもよう、中国から来てくださったお偉い先生に”効かねえよ”なんて言えねえ。申し訳なくてよ。
さあて、どうしたもんかと帰路にこうして、浪速の街で噂の名医、寿安先生の所に寄った訳よ。何とかならんもんかね。』
『左様でありましたか。ならばこれなどいかがでしょう。抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)です。』
『へー、そいつは聞いたことねえ漢方だな。大丈夫かい?』
『まあ、飲んでみてください。私の自信作の漢方です。』
『そうかい、寿安先生考案の妙薬かい。そいつは期待できるな!』

前回までに、ストレスコントロールには肝(かん)の機能不全=肝気亢進(かんきこうしん)を改善する事が重要である、というお話をしました。
そこで重要になるのが、漢方薬ですが、肝気亢進に対する漢方の基本処方が『抑肝散(よくかんさん)』です。
中国では、小児に使うとされている抑肝散ですが、我が国では幅広い年代に使われています。
また、東洋医学的な心身の構造から、犬にも効果的である可能性があると考えます。


漢方の中でも大きな副作用は少ない抑肝散ですが、胃腸の弱い人は注意が必要とされています。
この様な場合は、抑肝散に陳皮(チンピ)と半夏(ハンゲ)を加えた、『抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ)』に変更して内服すると良いと考えます。


抑肝散加陳皮半夏は、陳皮の理気作用と半夏の胃内停水改善作用がプラスされる事によって、抑肝散の効能・効果に加えて、気鬱に対する効果の増強と長期処方でも胃腸症状が出現しにくいという胃腸保護作用があります。
精神的な作用として、単純なイライラだけでは無く、気鬱によるクヨクヨにも効果があるのです。
一方、抑肝散より生薬が2つ増えた分、即効性がやや失われます。


漢方薬の多くは、約1900年前に中国で体系化されたもの。抑肝散も中国で創られたものです。
しかし、抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)は、江戸時代の初期に日本で創られました。
日本人の気質と、日本の風土に合った漢方薬となっています。


抑肝散加陳皮半夏を造ったと言われるのが、冒頭で紹介した”浪速の名医”と呼ばれていたこの人。
冒頭の医師、寿安先生こと北山友松子(きたやま ゆうしょうし 寛永17(1640)年頃~元禄14(1701)年3月15日)という、江戸時代前期を代表する名医です。


この北山友松子、ちょっと素敵な出自の人物です。
父親は当時の中国=明(ミン)の亡命者である馬栄宇と長崎丸山の遊女の子。ちょっとロマンチックです。
通称は寿安。寿庵と記述される事も。


当時1600年代前半は、江戸幕府は鎖国政策をとっていましたが、長崎の出島は主に中国との交易の窓口として門戸を開放されていました。
中国からもたらされる良質の漢方生薬や、数々の医薬書籍だけでなく、高い知識を持った中国人の漢方医が、出島を経由し日本諸国に渡り、各地で我が国の漢方医療の発展に寄与しました。
人々は、彼らを”唐人医師”と呼んで尊敬の念を抱いていたという事です。


北山友松子の父、馬栄宇は1624年頃に現在の福建省から来日し、薬種商として活躍していました。
馬栄宇は、先祖代々漢方医の家系で、古今の多くの医薬書籍を持っていました。
そのため、北山友松子は幼時から医薬書に親しむ機会に恵まれたとの事です。


日中両国語を解し、先ずは中国僧(僧医)に従って医学を修め、小倉の原長庵のもとで修業ののちに独立。
浅田宗伯「杏林談話」によれば「化林について、仲景の奥義を学び、僧独立(戴曼公)について内経・本草を学び、皇朝の医風(日本流の医学)を小倉の原長庵のもとで学んだ。」となっています。
30歳前には大坂の道修谷に移り、その地が気に入ったのかそこで開業。
紀州候や尾張候の治療をおこなって名医の評判が高まり、その周辺に薬問屋が多く集まり、それが現在の道修町のもとになったとも言われています。


友松子は、かなり個性的な人物だったようで、金持ちからの礼金が少ないと失礼であると文句を言う傍ら、貧乏人には無料で薬を与えたとの事です。
友松子の人徳故に、死後も人々に慕われ、大平寺(大阪市天王寺区)に『北山不動』として祀られていて、今なお病気平癒祈願に訪れる人が絶えないそうです。

さて、話を抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)自体に戻します。
この漢方薬、実に日本人に合っているのです。


中国人と日本人、見た目は同じようでも、中身はだいぶ違います。
先ず、日本人に比べて中国人は、冷えに強く、胃腸も強いという点があります。
中国人は、毎日中華料理でも大丈夫ですし、感冒の時も冷ます生薬を使う傾向にあります。


また、精神的にもだいぶ異なります。
中国人は、良くも悪くも感情構成がシンプルです。
怒る時は怒る、喜ぶときは喜ぶ。


それに対して、日本人は複雑です。
複数の感情がオーバーラップしやすく、それに気づかない事も多々あります。


例えば、親子間の感情を考えた時、
中国人なら怒る時はストレートに『何やってるのあんたは!しょうもない子だ!』と全力で怒り、
しかし、その後は『お前は私の大切な子だ、愛してるよ♡』と慈しむ。


その点、日本人は、先ずは怒りの感情を抑えていますが、抑えきれなくなって『なにやってるの!』と怒りを爆発させる。
しかし、その反面、”こうして怒っている自分が嫌”と同時進行で落ち込む。
また、親愛の情を素直に示すのもとにかく不得意。
これが日本人です。
中国人から見れば、『怒るか落ち込むかどっちかにしてくれ』と言われそうです。


イライラや怒りには第一選択として抑肝散が使われるのですが、これはもともと中国人が中国の風土で飲むために作られた薬です。
シンプルに怒りを感じ、ストレートに発散できる中国人に合わせて調整された漢方、それが抑肝散です。


その点、中国人に比べて感情が複雑で、精神的に落ち込みやすく、胃腸も弱い日本人が、多湿の天候環境を持つ日本の地で飲むには、抑肝散は最適ではないケースがしばしばあります。
その様な場合は、抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)を選択するのが、最適です。


この抑肝散加陳皮半夏、日本人と中国人の違いを身をもって感じていた北山友松子だからこそ創り出せた至宝の漢方薬と言えるのではないでしょうか。


また、日本人特有の気質というのは、子供にも飼い犬にも現れます。
私の周囲を見回しても、外国人に飼われている犬は、感情表現がストレートである傾向に見えます。
飼い主の考え方や感情の動きが犬に大きく影響します。
その度合いは、ひょっとすると人間の親子よりも大きいかもしれません。
そうすると、母児同時内服の考え方で、飼い主と犬にとってのストレスコントロールには、我々日本人とその飼い犬にとっては、抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)の方が良いのかもしれません。


犬種の違いも漢方の選択に対し考慮すべき要素かもしれません。
ヨークシャーテリアなどの小型犬は、寒さに弱く、胃腸も丈夫ではない体質を持っています。
メンタル的にも、小型犬はどこか本能的な不安を抱えています。
犬が人や自転車にぶつかった時など、大型犬であれば”痛い”で済むものも、小型犬では大けがに繋がりかねません。
大型犬が一瞬本気で手を出した場合も、小型犬にとっては致命傷になります。
小型犬とその飼い主は常に潜在的な不安を抱えているのです。


そういった点からも、小型犬のストレスコントロールには、抑肝散より抑肝散加陳皮半夏を選択する方が効果的なのではないかと考えています。


今まで『ドッグダンスの功罪』として記事をあげてきました。
この7回は、犬のメンタル面とくにストレスマネージメントという観点で記事を書きました。
今回はいったん終了としたいと思います。


また、新たな発見がありましたら、取り上げたいと思います。


前回の記事はこちら

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