エッセイ・アーカイブ~3.11の記憶『雨粒の力』 その2~
2011年3月11日に起こった東日本大震災。
時の流れは早いもので、あれから10年が経ちます。
震災により亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、かけがえのない人を失った方や被災した方が心穏やかな日々を取り戻すせる事を願います。
震災の事を忘れないためにも、2012年に書いたエッセイ、『雨粒の力』をブログに載せています。
前回の続きです。
福島第一・第二原子力発電所の停止に起因する電力不足による影響も深刻でした。
節電のため街燈が消え、電車の室内灯やエアコンが消されました。
時間帯によっては電車が間引き運転となり、駅の電光掲示板や券売機も稼働数が削減されました。
駅に着くたびに真っ暗になる電車内に座っていると、僅か数日前には当たり前だったエアコンが効いて明るい車内がいかに快適であったか思い知らされました。
電力不足による計画停電もありました。
私の普段勤務している代官山のクリニックは計画停電のエリアから除外されていたのですが、水曜日に勤務している実家の婦人科・内科医院は府中市であったため、計画停電が実施されました。
計画停電の初日はたまたま私の外来日でしたが、16時から実施されるとの事でした。
外来は18時半まで。停電で休診にするのは嫌だった私は、クリニックのスタッフや調剤薬局を巻き込み計画停電下での診療続行を決めました。
(今から思えば、無駄な意地で周囲の人たちに迷惑をかけた気がしますが。)
そして、いよいよ停電の時刻、16時が近づきました。
停電に備えて医療機械を全てシャットダウンし、聴診器を握りしめて停電を待ちます。
そして16時。何も起こりません。3分・・・5分・・・7分経過。
停電するはずの時刻が過ぎても何も起こりません。
『今日は計画停電やめたのかな?』と看護師と話した瞬間、何の前触れもなくすべての電源が落ちました。
すぐに黄色の非常灯が点灯しましたが、普段とは全く違う雰囲気の診察室がそこにはありました。
診察を続けていくうちに窓からの明かりはどんどん少なくなっていきます。約二時間で非常用電源は切れ、医院は日没後の闇に包まれました。
外は六時過ぎだというのに漆黒の闇、窓の明かりもなく、街燈も、交通信号さえ消えています。
まさかこれ程の暗さになるとは想定していません。医院では待合室にランタンを置き、診察室では点滴架台に懐中電灯をくくりつけ明かりとしました。
暗くなってからも患者さんは続々と訪れます。
近隣の医療機関が停電を見越して臨時休診にしたので、困って初めて来院した患者さんもいました。
懐中電灯の明かりで診察し、注射などの処置をし、処方箋を書く。何もかも初めての中、スタッフも調剤薬局の方々も頑張ってくれました。
19時30分に診療終了。医院の中庭から見える空に数多くの星が瞬いていました。
福島第一原子力発電所の事故への対応も、公私とも苦慮しました。
私の父は戦時中、長崎に住んで旧制高等学校に通っていました。
昭和20年初頭に内科医をしていた祖父の仕事の都合で北海道に移住したため、原爆の被害には遭わないで済みましたが、友人、親戚など多くの人がプルトニウム型原爆で跡形もなく消滅しました。
また、原爆症に苦しむ人たちの実情や、その中で力強く生きる人たちの姿などを折に触れて父から聞かされていました。
そのためか、私も核兵器や原子力利用については人並み以上の関心がありました。
医学部に入ってからは、核物質の恐ろしさに加えて、核物質摂取によるダメージの修復に見られる人類という生物種の意外な強さ、放射線障害に対する正しい知識を持つことの重要性などを学んで行きました。
原発事故以来、公の部分では、外来で放射線障害の予防や対処、緊急時の薬の希望などが相次ぎました。
マスコミの発表に不安に駆られた人たちがヨード剤を求めて外来を訪れます。
彼らはヨード剤が放射能から身体を守ってくれる万能薬と思い込んでいます。実際にはヨード剤は放射性物質の甲状腺への集積を防止する効果のみで、全身に対する防護効果は皆無なのにも関わらず。
それに対して私は、全身の放射線障害に対する方策が重要と考え、免疫系を強化し、細胞修復効果を強める、食養生と漢方薬など東洋医学的に放射線障害に対処する方法を話すのですが、なかなか理解してくれません。
また、私の知り得る知識を少しでも役に立てたらと原発事故と放射線障害というコラムをホームページにアップしたり、それを患者さんに配布したりしました。
しかし、それらの元になっているのは政府が発表した数字であり、政府が発表した事実です。
そのうち政府発表が胡散臭くなってきます。それに伴って私のコラムや外来での言葉まで怪しくなってしまいます。
まるで太平洋戦争時の大本営発表を彷彿とさせる国民を欺く手法に正直失望したものです。
(続く)
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